あなたに余裕がないのは過度な「欲望」と「多忙」が原因

2017/04/11

最近やりたいことができていなかったので、これからの時間の使い方と生き方をよく考えたほうがいいなと思ったのです。
『欲しがらない生き方』より、どんな考え方が必要なのか考えてみます。



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時間があっという間になくなるのはなぜか

私たちが仕事を始めるとよく求めらるのはスピードや効率性といったもの。早く効率良くやっているのに、むしろ忙しくなってはいませんか?

時代が変わり、平均寿命が五十年から八十年に伸びたというのならば、賢明なるランナーが中距離から長距離に走り方を変えるように、人生も当然、それに見合った生き方というものがあるはずであるが、われわれは相も変わらず、人生五十年時代とさして変わらぬ走り方をしているのではないか。いやむしろ、ひと昔前とくらべると人生のスピードはいっそう速くなり、まるで短距離競争のように、「忙しい、忙しい」と、せわしない日々を過ごしているのである。

『欲しがらない生き方』P25

速さや効率性を求めすぎる環境のなかで、もしかしたら私たちは効率の良いロボットになっているのかもしれません。

その昔、交通標語に「狭いニッポン、そんなに急いでどこへ行く」というのがあったが、ホントにそんなに急いでどこへ行こうとしているのか。行き急ぎということは早く死を迎えるということなのだが、なぜだか知らぬがただただ忙しいのである。寿命が延びたというのなら、あるいは時代が変わろうとしているのなら、それに見合った価値感を創り上げ、もっとゆったりした人生を楽しんでいいはずであるが、現実は楽しむどころかその逆なのである。

『欲しがらない生き方』P25~26

あなたは「自由」になるために自分の時間を使っていますか?
誰かの夢や、満たされることのない欲望のために、あなたの時間を捧げていませんか?

まったくその通りである。われわれは人生の貴重な時間をあくことのない欲望のために追いまくられ、あるいはひたすら快楽に溺れ、あるいは自分のためではなく人の運命に翻弄されているから、人生が短く思えるのだと。

『欲しがらない生き方』P31

自分のために時間を使っていれば、そこに充実感や満足感を得ることができるでしょう。充実感や満足感を得ることができないことに時間ばかりを使っていると、そこにはただの疲労感しか残らないんです。

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「欲望」と「多忙」からの解放が自由をもたらす

ではどうしたらいいのか。
まずは自分だけの時間をつくるところから始めるべきだと思います。自らそういった時間を創りださなくては、いつまでたっても何かに時間を奪われるだけですもんね。

ブラック企業であれば仕事をやめることも、時間を作り出すための手段の一つでしょう。

自分の時間を確保したら、次に以下の二つについてよく考えましょう。すぐに結論をだす必要はありませんよ。まずは、あなたなりの考えがだせるまで、ちゃんと向かい合うことが大切なんです。

・自分はこれからどう生きていきたいか。
・あなたが本当に求めていることはなにか。

人はどんなに地位や名誉や金があっても、いかに物質的にめぐまれていたとしても、心配ごとや不平不満があれば心は安らかではない。ましてや笑いのある生活などできはしない。だから、こうした不平不満、あるいは悩みごとのある生活はけして幸福とはいえないのである。逆に、どんなに貧しくとも心が平安で満たされていれば、そこにはおのずから笑いも生じ、それこそ幸福な人生なのである。

『欲しがらない生き方』P52

まとめ

・自分のためになる時間を自ら作り出すようにしよう。
・あなたは何をどんな風にしているときが、心が平穏でいられるのか考えてみよう。

本書で私にグッときた文章

そして老子が最善の生き方として説いているのが、俗に「水の教え」と言われるのもので、

上善は水の若し。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪む所に処る。

すなわち、水は丸い器に入れれば丸くなり、四角い器に入れれば四角になる。万物に恩恵をあたえながら、少しも自慢することなく、つねに低い所へ位置する。そのあり方や、きわめて柔軟で謙虚だ。それでいて硬い岩でも打ち砕く力を秘めている。一見、主体性がないように見えるが、その実つねに低い所へ流れようと強固な主体性を秘め、何も成してないように見えながら万物に恩恵を与えている。時には水蒸気となり氷となって、その姿は臨機応変、自由自在。人間もかくありたいものだと老子は説く。この生き方を無為自然というのである。

『欲しがらない生き方』P145



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